回帰不能点の先に

 今の10代が上の世代に比べ温暖化問題に関心が高いのは、自分たちの将来が「アホな上の世代」のせいで前例無き過酷な時代になることが不可避と認識している不安の現れでしょう。
 我々氷河期世代はここ数年の若者の「売り手市場」をみっともなく僻んでいましたが、当の若者にしてみれば「いま就職できたところでとても中高年になるまで世界が持つとは思えない」。
 確かに団塊やバブル世代に比べれば酷い扱いを受けましたが、それでもここまで生き延びたのは前世紀の貯金とポスト冷戦の比較的安定した世界の恩恵があったからこそ。そんな連中が老いてなお後先考えず感情でそれを壊していくのだから、若い世代はたまったものではありますまい。
 氷河期世代同僚の実経験として、今の10代20代にしてみれば我々氷河期世代も「まだ良かった時代の世代」扱いです。
 苦労させられたとはいえ、所詮戦後社会の既製のレール内で生き延びることが出来たくせに、今更ルサンチマンに身を任せそのレールを無邪気に壊す我々世代が、その後の世代に責任を負う覚悟があるとは思えません。
 かつて氷河期世代は団塊世代を老害と批判しましたが、その我々が70ぐらいになる頃には、今の子ども世代からそれどころではない仕打ちを食らう時代が間違いなく来るでしょう。
庵野秀明らのバブル世代から、そのフォロワーたる我々氷河期世代にかけては、大量消費社会を背景に最大のボリュームゾーンであることをカサに着た「ゆりかごから墓場までずっと主役は俺たち」の世代。米国で暴れる同世代も似た立ち位置でしょう。
 還暦の庵野が作った、徹底的にネタを詰め込んでゴジラやウルトラマン等への溺愛ぶりを示した作品から、往年の制作陣の「大人として子どもたちに何を見せるか」という根幹のスタンスだけが意図的に排除されたあたり、加齢とともに醜悪で邪悪に肥大したこの世代特有の幼児的な自己中心性が露呈していました。
 なお彼らに盲従する50代の後輩オタクらを、私が意図的に見切った理由でもあります。(Июн. 2025 г.)