色あせる中で残ったもの
もはや遙けき高校時代には新聞部以外に漫研にも(ほぼ形だけ)在籍していましたし、下手くそな落描き的なものは時折描いたりもしていましたが、長く仕事で離ればなれだった唯一の肉親を看取り、私自身もまた残り時間を意識せざるを得ない出来事を経て、此の歳になって此のようなものを描き始めたのは、無我夢中で生きてきたつもりであったこの間、極めて原始的ながら最も大切なことに、愚かにもまったく気付いていなかったという事を、遅ればせながら漸く思い至った故です。
いままで大事だと思っていた事、拘ってきた事の全てが急速に色あせる中、残ったものを表現する手段として選んだのが漫画でした。此の時代、私如きが娑婆の同じ片隅で著すなら、随筆を書くよりは多少は、他人様に届く機会があるのかも知れません。(橘 思默)
もはや遙けき高校時代には新聞部以外に漫研にも(ほぼ形だけ)在籍していましたし、下手くそな落描き的なものは時折描いたりもしていましたが、長く仕事で離ればなれだった唯一の肉親を看取り、私自身もまた残り時間を意識せざるを得ない出来事を経て、此の歳になって此のようなものを描き始めたのは、無我夢中で生きてきたつもりであったこの間、極めて原始的ながら最も大切なことに、愚かにもまったく気付いていなかったという事を、遅ればせながら漸く思い至った故です。
いままで大事だと思っていた事、拘ってきた事の全てが急速に色あせる中、残ったものを表現する手段として選んだのが漫画でした。此の時代、私如きが娑婆の同じ片隅で著すなら、随筆を書くよりは多少は、他人様に届く機会があるのかも知れません。(橘 思默)
