体操服とあの頃

 先週仕事で伺った高校で「今どきは胸に校章ではないのだな」と思いながら生徒達の体操服姿(但し男子)を見て、ずっと手つかずだった現代の府立紹鷗森高校の体操服を決めることにし、響子の時代には避けられぬあの問題にまつわる種々の記憶も思い起こしつつ描きました。
 その当時は、「男の○○」「女の○○」「男なら○○」「女なら○○」とテレビCMで性別アピールを連呼するばかりの何とも雑なセールスに、「健康美」という単語を免罪符とばかりに男目線のやりたい放題、かてて加えて女にもそれを甘受するのが当然と刷り込ませたいかのような中身の、ほぼ男性作のテレビ番組や雑誌、漫画、流行歌もあふれていましたから、当時の「先進社会」の自意識とは裏腹な、未だ野蛮で歪んだ世の中でありました。
 高校3年間同級で私を漫研掛け持ちにさせたNさんのように、高校生の当時からそうした「常識」を批判視していた、先見の明ある人もいるにはいましたが極少数派、大方は無批判で踊らされておりましたから、我ら「この世代」の総体としてはやはり、ずれた価値観を元にずれた現状把握をしている連中の多い世代ではないかと思う、この頃です。
小学4年のとき、体操服を忘れた同級のかわいい女子Mさんが担任の男性教諭N氏に「ブルマがないならパンツで授業を受けろ」と怒られ、スカートを脱がされたブラウスとパンツ姿でまる1時間校庭で体育授業を受けさせられたことがありました。
 当時は田舎のアホな子どもで忘れ物のたびに殴られながらもN氏は好きでしたから、Mさんちょっと恥ずかしいだろうなぐらいの受け止めでしたが、そんな私でものちに校長まで昇進して退職し、公民館長も歴任したN氏を思い出すたびにその出来事が脳裏に蘇るぐらいですから、授業中悲しそうな顔をしていたMさん本人がその後の思春期以降、どのようにあの事件を心に抱えていったかと思うに心が痛みます。(Нояб. 2024 г.)